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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(し)77号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

所論は、憲法三一条違反をいうが、その実質は少年法一四条等の規定の解釈適用の誤りをいう単なる法令違反の主張であつて、少年法三五条一項の抗告理由にあたらない。

なお、少年保護事件における非行事実の認定にあたつては、少年の人権に対する手続上の配慮を欠かせないのであつて、非行事実の認定に関する証拠調べの範囲、限度、方法の決定も、家庭裁判所の完全な自由裁量に属するものではなく、少年法及び少年審判規則は、これを家庭裁判所の合理的な裁量に委ねた趣旨と解すべきである。

よつて、少年審判規則五三条一項、五四条、五〇条により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官団藤重光、同中村治朗の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

一少年法(以下、法という。)は、刑事訴訟法とちがつて、少年の保護事件における事実の証明について詳細な規定を置いていない。それは、もともと単純な法の不備というようなものではなく、少年審判の本質と深いかかわりをもつのである。けだし、第一に、刑事事件においては、刑罰は犯罪に対して科されるのであつて、犯罪事実の証明は刑事処分に対して直接的な意味をもつのであるが、これに対して、少年保護事件においては、少年の要保護性に対応して保護処分が言い渡されるのであつて、非行事実(法三条一項各号参照)は、一号の犯罪事実にしても、少年の要保護性を基礎づける意味をもつ事実にすぎず、非行事実と保護処分との結びつきは要保護性を介しての間接的なものである。要保護性の認定のためには、非行事実の認定のほかに、家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所の鑑別などによる少年の素質・環境の全般にわたる立ち入つた調査が不可欠である。第二に、保護処分は、刑罰とちがつて、「少年の健全な育成」を期して、非行のある少年の「性格の矯正及び環境の調整」をはかるものである(法一条参照)。その点から、少年審判における非行事実については刑事裁判における犯罪事実の証明のような厳格な証明は必要でないという見方も成り立つであろうし、また、このような目的を達成するためには、本来、少年審判のすべてが家庭裁判所の合目的的な裁量にゆだねられるべきはずのものだともいえるであろう。これらのことは、アメリカにおける少年審判制度創設当時の福祉を主眼とする基本理念につながるものであり、少年審判制度の社会的機能とでもいうべき側面を現わすものである。現行少年法が少年保護事件についてこまかい証拠法的な規定を設けなかつたのは、このような趣旨によるものであつたと考えてよいであろう。

しかし、これに対して、少年審判制度に少年の人権保障の観点を軸とする、いわぼ司法的機能の面がなければならないことが、従来の運用の反省の上に、やがて強く意識されるようになつて来たのは、当然の成行きであつた。一九六〇年代から一九七〇年代にかけてのアメリカの連邦最高裁判所の一連の判例は、まさしくこれを示すものであつたのであり、これはわが国における少年法の改正の方向づけの上ばかりでなく、現行少年法の解釈運用の上にも反省をせまるものである(団藤・「少年法改正の基本問題」判例時報六一七号三頁以下、同・「適正手続の理念について」刑法雑誌一八巻三・四号二三〇頁以下参照)。

おもうに、保護処分(法二四条)は少年の健全な育成のための処分であるとはいえ、少年院送致はもちろん、教護院・養護施設への送致や保護観察にしても、多かれすくなかれなんらかの自由の制限を伴うものであつて、人権の制限にわたるものであることは否定しがたい。したがつて、憲法三一条の保障する法の適正手続、すくなくともその趣旨は、少年保護事件において保護処分を言い渡すばあいにも推及されるべきことは当然だといわなければならない(ちなみに、保護処分の決定をするばあいには――審判不開始・不処分その他の決定をするばあいも同様であるが――一定の物について没取の決定をすることができる。これは刑事裁判における附加刑としての没収に近似した性質をもち所有権剥奪の効果を伴うものであるから、没取の決定をするについては、この見地からも適正手続条項の適用が要請される。法二四条の二、少年審判規則三七条の三参照)。

このように考えて来ると、少年保護事件における事実の証明に関して少年法が厳密な規定を置いていないことをもつて、すべてを家庭裁判所の自由な裁量にゆだねている趣旨と解することは、とうてい許されないのである。家庭裁判所の裁量は、右に述べたようなことをふまえての覊束された裁量であり、その措置が一定の限度を逸脱するときは、まさしく法令の違反になるものといわなければならない。わたくしは、このような要請は、ひとり適正手続条項からだけのものではなく、実に法一条の宣明する少年法の基本理念から発するものであると信じるのである。少年に対してその人権の保障を考え納得の行くような手続をふんでやることによつて、はじめて保護処分が少年に対して所期の改善効果を挙げることができるのである。

以上は一般的な抽象論であるが、本件における問題点は、とくに否認事件において、非行事実の認定上重要な意味を有するものと認められる目撃者について、これを単に参考人(法八条二項、三〇条、少年審判規則一二条)として取り調べるだけで足りるか、証人(法一四条、少年審判規則一九条)として尋問しなければならないか、また、いずれかのばあいにおいても、少年または附添人(ことに弁護土たる附添人)に立会いおよび反対尋問の機会をあたえないでよいかどうかである。わたくしは、少年審判においては、万事なるべく実質的に考えるべきものとおもう。したがつて、わたくしは、原則としては、かならずしも証人尋問の方式による必要はないものと解する。法が「参考人」の取調べを家庭裁判所が家庭裁判所調査官に命じて調査を行わせる関係だけで規定しているのは(法八条二項)、家庭裁判所調査官には証人尋問の権限がないからであるが、実務上は裁判官も参考人の形式で取調べをするばあいが多いようである。これは少年審判においては無用の形式性をなるべく避けるのが相当だからであり、これは重要な目撃者を取り調べるばあいであつても、かならずしも別異に考える必要はないとおもう。しかし、保護手続においても、証人尋問の形式によるばあいには、保護事件の性質に反しないかぎり刑事訴訟法の証人尋問の規定が準用されることになり(法一四条二項)、その結果、本人の出頭・供述が確保され、また、虚偽の供述が抑止されることになるのであつて、とくにそのような必要が認められるような事情があるときは、保護事件においても証人尋問の形式によることが法の要請だというべきである。次に立会いおよび反対尋問の関係では、参考人にせよ証人にせよ、重要な参考人・証人であるかぎり、少年ないし附添人から要求があるときは、すくなくとも実質的に充分にその機会をあたえる必要があるものと解しなければならない。憲法三七条二項の趣旨は、適正手続の内容の一部をなすものとして、少年保護事件にも実質的に推及されるべきものと考えるのである。

二記録に徴すると、本件の審理経過および証拠関係は、ほぼ次のとおりであると認められる。

(一) 原原審における審理の経過

1本件少年(以下、単に少年という。)が原原審の審判に付された送致事実の要旨は、「千葉県立流山中央高校三年に在学中であつた少年(当時一七歳)が、学校当局の生徒に対する指導方法等に対する不満から、(1) 甲外一一名と共同して、同高校校舎内の黒板、校舎壁、ガラス窓などにスプレー式塗料を用いて波状の線や落書を大書し、消火剤を放出し、投石してガラス窓を割るなどし、もつて、数人共同して器物を損壊し(暴力行為等処罰に関する法律違反の事実。以下「第一事実」という。)、(2) 同高校一年在学の乙外二名と共謀のうえ、同高校校舎普通科教室棟一階西側軽音楽部教室前廊下において、ゴミ入れダンボール箱二個にガソリンをふりかけたうえ所携のライターで火を放ち、右校舎を焼毀しようとしたが、同校教員らによつて発見、消火されたため未遂に終つた(現住建造物等放火未遂の事実。以下「第二事実」という。)。」というものである。

2原原審審判廷において、少年は、右第一事実については一貫してこれを認めたが、第二事実については、身に覚えがないとして徹底してこれを否認し、附添人も少年の右供述を前提として、目撃証人二名を含む合計一一名の証人を申請し、また、少年の審判廷の供述に副う多数の関係者の供述書を提出するなどした。

3原原審裁判所(千葉家庭裁判所松戸支部)は、附添人申請の証人のうち、アリバイ証人一名、共犯者たる証人三名を証人として取り調べたが、目撃者二名(同高校二年在学の女子生徒)を少年・附添人に立会いの機会を与えないまま参考人として取り調べるにとどめ、その余の証人はこれを取り調べないまま、第一・第二の両事実を非行事実として認定したうえ、少年を保護観察処分に付した。

4原原審裁判所が、目撃者二名を証人として取り調べることなく、参考人として審判廷外で取り調べることにした事情としては、右目撃者の保護者から、「仕返しをされる虞がある。」「本人が裁判所へ行くのは嫌だといつている。」「本当は、もうかかわりたくない。短大受験準備のため、それどころではない。」「少年や少年側の弁護士に判らないようにしていただきたい。」などの再三にわたる申入れがあつたことがうかがわれる。原原審裁判所は、目撃者およびその保護者のこのような態度にかんがみ、目撃者二名を証人として取り調べることをあきらめ、両名を審判廷外における参考人として、少年・附添人の立会いを認めないまま取り調べ、その調書を記録に編綴するという方法で結果を附添人に了知させたものと認められる。なお、附添人からは、原原審審判手続の最終段階において、目撃者二名に対しては、裁判官による尋問だけでは不充分であり、少年・附添人による反対尋問の機会が保障されるべきであるとして再度の証人申請がされている。

(二) 証拠関係の概要

1少年が否認する第二事実について、非行と少年とを結びつける主要な積極証拠としては、(1) 少年の捜査段階における自白調書、(2) 共犯者とされる乙の、少年とともに放火を実行したとする捜査段階における供述調書および審判廷における供述(その余の共犯者二名の供述は、少年を直接右非行に結びつけるものではないが、乙の供述を側面から支持するものである。)、(3) 目撃者二名の捜査段階の供述調書および参考人としての供述などがあるが、右(1)については、当初否認していた少年が、検察官の弁解録取および裁判官の勾留質問で一時事実を認め(ただし、一人でマッチで火をつけたというもの)、その後ふたたび否認したのち、警察官の取調べに対してされたという経過があり、(2)についても、共犯者とされる乙らが、一時、自分たち三人で放火したもので、先輩(少年)は事件とは関係ない旨の供述書を附添人に提出したり、検察官の取調べに際しても同旨の供述をしたという経過がある(なお、右三名は、結局、その後、右供述書や検察官調書で述べたことは事実と異なり、取調べの当初の段階に述べたことが本当であるとしている。)。

2他方、主要な消極証拠としては、(1) 少年の捜査段階および審判廷における否認供述、(2) 共犯者たる乙ら三名が捜査段階において一時行つた、少年は事件には関係がないとする供述のほか、(3) 火災発生時に、少年は三年F組の教室で自分たちと話をしていたとする同高校女子生徒二名の供述(一名については証言、一名については供述書)などがある。

3少年と非行事実(第二事実)とを結びつける物証等は存在せず、自白についても、その信用性を客観的に担保するような事情(秘密の暴露等)は見当らない。

(三) 目撃供述の位置づけ

1少年の自白および共犯者らの供述には、前記のような変転・動揺がある。共犯者乙は、原原審審判廷において、捜査段階で供述を変転・動揺させた事情につき、原決定が指摘するような供述をしているが、右供述を額面どおりに受け取つてよいかどうかには、疑問の余地がないとはいえない。

2乙の供述によると、同人は、第一事実の首謀者甲に命じられて、本件当日ガソリンをまいて校舎に放火しようとしていたものであり、他の二名に対し、午前中に放火予定場所(これは、現実に放火された場所と一致している。)等をメモして渡していたが、昼休みに三年生の先輩(少年)に会つた際に、放火をするから手伝えといわれ、五時間目と六時間目の間の休憩時間に指示された場所に行き、少年がガソリンをまいて放火するそばに佇立して見張りをしたというのである。これによると、乙との間で事前に意思の連絡があつたとは認められない少年の放火の計画と、乙の放火の計画が時刻・場所・方法とも、たまたま完全に一致したということになるのであるが、このような想定はいかにも不自然であるというべきであり、したがつて、乙の供述を全面的に措信することができるかどうかには、疑問の余地がある。

3乙は、頭髪がこげていたことから、本件後放火の犯人の疑いを受けて取調べを受けたものであるが、目撃者二名が一致して、犯人の一人(実行行為者)が少年であるとの供述をしていたため、乙の共犯者は少年であろうという前提で追及を受けた疑いがある。犯人がかがみ込んで火をつけたと認められること、乙の頭髪がこげていたこと、乙が当日同様の方法で学校に放火する計画を有していたことなどからすれば、放火の実行行為はむしろ乙ではないかという疑いも生じかねないのであつて、かりにそうであるとすると、乙が、警察の右のような追及に便乗して、自己の責任を少年に転嫁した供述をしているのではないかということも、考慮に入れる必要がある。

4このようにみてくると、他に、決定的な客観的証拠による裏づけのない本件において、少年の非行事実を認定することができるかどうかは、結局、目撃者二名の供述の信用性のいかんによると思われるのであり、右二名の供述こそが本件におけるもつとも重要な証拠であるといわなければならない。

(四) 目撃供述の信用性に関する問題点

1約一〇メートル離れた地点から男子生徒二名による放火行為を目撃したという目撃者二名は、出火直後から、犯人の一人は三年男子であつたとし、三年生のアルバムの中から少年の写真を選び出したものであり、その供述がほぼ一貫していることなどに照らし、右供述の信用性には、軽視しがたいものがある。

2しかし、右両名が、犯人の一人を三年生であると考えた根拠については、やや曖昧な点もあり、学校側が、「一、二年には、そういう悪い者はいないと思つていた。」という先入観から、三年生のアルバムのみを示した点(記録一冊三四二丁)が、右供述に影響していないともいい切れない。のみならず、記録によれば、両名が最終的に少年を犯人の一人として指示する前の段階では、他の男子生徒が犯人に似ていると供述した経過があり(記録一冊三四八丁)、また、検察官による面通しの際にも、少年以外の共犯者の一人を示されて、「現場に居た人と似ているような感じがする。その場に居た一人かどうかわからない。」旨の供述をしている事情もうかがわれる(記録一冊三三二丁)。これらの点からすると、目撃者二名の供述の信用性には、疑問の余地がないわけではなく、少年・附添人による反対尋問によつて供述の信用性を争わせる必要は、大きいというべきである。

3ちなみに、少年の体格は、身長約一六三メートル、体重約四九キログラムであつて、一見して三年生とわかるような体格ではなかつた。

三右のような審理経過および証拠関係にかんがみると、わたくしは、原原審が少年・附添人に目撃者に対する立会い・反対尋問の機会をあたえなかつたことは、前述したところに照らして、裁判所の裁量の範囲を逸脱するものであつたと解せざるをえない。目撃者である女子生徒二名の保護を考慮したことはそれじたいとして理解しえないではないが、この種のことは刑事事件でもしばしばおこるのであり(刑訴法三〇四条の二、刑法一〇五条ノ二、証人等の被害についての給付に関する法律等参照)、これに拘泥しすぎて少年の反対尋問権をおろそかにし、ひいては非行事実の誤認をさえ疑わしめるような事態――すくなくともわたくしにはそう見える――に立ちいたらしめたことは、とうてい是認することができないのである。

ただ本件においては、審判に付された前記二個の事実のうち第一事実たる器物損壊の点については、問題がないのである。言い渡された保護処分が保護観察という比較的軽い処分であることを考えると、この第一事実だけでも――その行為が学校当局の生徒に対する指導方法等に対する不満からであつたことを考慮に入れても――保護観察を相当とした原原審の判断をもつてはなはだしく不当なものとまではいうことができず、原決定および原原決定を取り消さなければいちじるしく正義に反するとまでは認めることができない(刑訴法四一一条参照)。したがつて、わたくしも、結論においては、多数意見と同じく、本件抗告は棄却を免れないものと考える。

裁判官中村治朗の補足意見は、次のとおりである。

私は、原原審が少年・附添人に目撃者に対する立会い・反対尋問の機会を与えなかつたことが裁判所の裁量権の範囲を逸脱するものであつたとする団藤裁判官の意見に同調するものであり、その理由についても、同裁判官が詳細に論じているところに特に附加するものはない。少年に対する保護処分は、刑罰とは異なるとはいえ、やはり少年に対して一つの汚名を与えるものとして受けとられ、その経歴及び今後の社会生活関係に不利益を及ぼし、また、当該少年の心理にも深い傷跡を残す処分であることを否定できず、この点からも、その要件である非行事実の認定については、憲法上の適正手続の要求を無視することはできないと考える。

(団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

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